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徳島ラーメンルーツは日本ハム!?大谷翔平も徳島ハムだった

先日、徳島ラーメンの歴史、実は三種類のスープが有ることや、そのルーツについて色々調べました。

その中で私が気になったのが、徳島ラーメンのルーツは白・小松島系で日本ハムの前身である徳島ハムの工場があり、安いとんこつが大量に供給されたからといわれている。ということです。

もしそうなら、加工の際にできた豚バラ肉を甘辛く煮付けてラーメンに乗せるというのも納得できました。

チャーシューのような形のある肉より、バラバラの肉が廃棄されそうだから・・・

そこで、気になったというか驚いたのが、日本ハムの前進が徳島県にあったこと!

もしかしたら現メジャーエンゼルス大谷翔平選手も徳島ハム出身になったのではないか・・・

そんな思いから日本ハムについて調べました!

徳島ラーメンは現日本ハムのおかげ?

先程も説明しました通り。徳島ラーメンのルーツは白色・小松島系という諸説があると言われています。

この白色・小松島系などの徳島ラーメンのスープは豚骨ベースとなっており、その豚骨は徳島ハムの精肉工場があった為だと言われているようです。


徳島ラーメンは戦後1949年頃に屋台から始まっているようで、1942年(昭和17年)に徳島県徳島市で徳島ハムの前進「徳島食肉加工場」が設立されています。

時期的にピッタリじゃないの?と思ったり・・・

その後、1951年(昭和26年)12月29日に現日本ハムの前進である徳島ハム株式会社が設立されたと書かれていました。

徳島ラーメンのスープは徳島ハムのおかげ=現日本ハムのおかげだと私は思いました。すごい!!

日本ハム(徳島ハム)

徳島ラーメンの生みの親(私が勝手に思っています・・・)である徳島ハムについて調べようとGoogle先生に聞きました(俗に言うググる)。

すると、検索トップには日本ハムが・・・・やはり日本ハムの前進は徳島ハムだったのですね。

皆さんご存知の日本ハム株式会社(にっぽんハム)は、本社が大阪府大阪市北区の業界首位である大手食品加工メーカー。

1942年(昭和17年)に創業し、プロ野球チーム北海道日本ハムファイターズの親会社です。

徳島ハムの歴史

日本ハムの前進である徳島ハムに皆さん興味を持ちましたか?間違ったらあの大谷翔平選手は徳島ハムだったかも知れません・・・・

そんな徳島ハムは、香川県大川郡津田町津田(現在のさぬき市)出身の大社義規氏が、1942年に徳島市で「徳島食肉加工場」として設立したのが前進。

1951年(昭和26年)12月29日に徳島ハム株式会社が設立され、1962年(昭和37年)12月3日に徳島ハム販売株式会社が(旧)徳島ハム株式会社を合併し(新)徳島ハム株式会社に商号変更されたようです。

1963年(昭和38年)8月1日に日本ハム株式会社に変更。本店を徳島市万代町七丁目21番地から大阪市浪速区大国町二丁目7番地に移転したそうです。

残念・・・そこが悲しいと少し思いましたが、このことを知って日本ハムの大ファンになりました。

少し残念なお話・・・

前進が徳島ハムであるということがわかった日本ハム。徳島ラーメンのルーツと言っても過言ではないと思っています。

しかし、そんな日本ハムに少し残念な気持ちが・・・・

それは現加工工場などが徳島に無いという点・・・・日本ハムについて色々調べていると、現加工工場・販売、物流・生産飼育の工場が出てきました。


四国には、加工工場として高松ハム株式会社(香川県さぬき市)・協同食品株式会社(香川県坂出市)が有るのみでした・・・

おぉぉぉぉ・・・悲しい。徳島ハムの名前は有りません。それで私は知らなかったのか・・・

徳島にも日本ハム関連会社が

前進が徳島ハムであるということがわかった日本ハム。ファンになりつつ有りましたが、残念なことに加工工場・販売、物流・生産飼育工場が徳島には無いことに気が付きました・・・

徳島は捨てられた・・・・

そんな残念な気持ちになっていましたが、ありました!徳島にも日本ハム関連会社が。

日本フードパッカー四国株式会社(徳島県名西郡石井町)が日本ハムの処理・加工を行っているというのです。

徳島は捨てられてはいなかったんですね。とか思っていたら有りました!

日本ハムファクトリー株式会社

徳島ハムはもう無い・・・と少し残念に思っていましたが、色々調べているとありました!

日本ハムファクトリー株式会社 徳島工場

この工場は、創業者である大社義規氏が日本ハムを興した徳島県で、伝統の製法を受け継ぎながら、ハム・ソーセージを製造。

1974年10月に工場拡張のため、徳島県石井町に移転。主な製造商品は「シャウエッセン」「豊潤」「あらびきグルメイドステーキ」「もう切ってますよ直火焼豚」「糖質ゼロシリーズ」「贈答用ギフト美ノ国」

従業員は近隣市町村からの通勤者が大部分を占め、640名を超す地域雇用を支えているようです。

感動しました。日本ハムは徳島を忘れていなかった!ますます好きになりました。日本ハムファンになります!

まとめ

大谷翔平を育て上げた日本ハムの前進は徳島ハムだったという驚きと、私の仮説なのですが、徳島ラーメンのルーツは日本ハムだったということがわかりました。

すごい。そして日本ハムは現在も徳島で多くの雇用を生み、製造を続けているということにますますファンになりました。

そして、一歩間違えば徳島ハム・大谷翔平として世界に飛び立っていたのですからビックリ

調べてみたら色々出てきて徳島も捨てたもんじゃないですね。

今後も多方面から徳島を切り込んでいき皆様へお届けできるように精進いたしますので引き続きよろしくお願いいたします